バイオ燃料生産を志向した
非水系酵素反応
 地球温暖化が大きな問題となっていることから、石油代替エネルギーとしてバイオエタノールが注目を集めています。バイオエタノールとは植物などのバイオマスを原料にしたエタノールの総称です。バイオマスは再生可能であり成長過程で二酸化炭素を吸収するため、燃やしても大気中の二酸化炭素濃度は増加しない (カーボンニュートラル) といった特徴を有しています。現在既にサトウキビやトウモロコシを原料としたバイオエタノールが工業的に生産されていますが、食糧との競合といった問題が生じています。
そこで当研究室では地球上に最も多く存在する多糖であるセルロースに注目しています。セルロースはトウモロコシなどと異なり使用後廃棄処分されるため、食糧との競合は問題になりません。しかしセルロースは分子間水素結合による強固な結晶構造をとるとともに、その多くがヘミセルロースやリグニンなどと複雑に化学結合しているため水や汎用有機溶媒に不溶であり、その用途は大きく制限されています (Figure 1) 。
Figure 1 Structural component of biomass.
 セルロースを原料にバイオエタノールを生産するには、はじめにセルロースをグルコースに加水分解 (糖化) する必要があります。糖化には主に硫酸などの強酸と、セルロース加水分解酵素であるセルラーゼを用いる手法が挙げられます (Figure 2) 。このうち酸による糖化は副生成物の生成や、必要とするエネルギーの大きさ、環境への負荷といった諸問題を抱えていることから、温和な反応条件で反応選択性の高い酵素による糖化が望ましいと考えられます。しかし前述の通りセルロースが結晶構造を有するためセルラーゼによる糖化反応は非常に遅く、糖化プロセスが実用化への大きな問題となっています。
Figure 2 Bioethanol production system from cellulose.
 そこで我々はイオン液体に注目しました。2002年にRogersらが1-butyl-3-methylimidazolium chlorideというイオン液体にセルロースが溶解すると報告して以来、これまでに種々のイオン液体にセルロースが溶解することが明らかになっています。また当研究室ではこれまでに有機溶媒やイオン液体といった、非水媒体中における酵素反応に関する研究を精力的に行ってきました。そこで我々はイオン液体にセルロースを溶解させ、イオン液体中でセルロースの酵素糖化反応を行うことができないかと考えました。イオン液体は低温でセルロースを溶解可能であるため、これまでの前処理糖化法に比べ大きなエネルギーメリットがあると考えられます。
我々は研究を進めることでイオン液体にセルロースを溶解させた後水を加え、水−イオン液体混合溶媒中でセルラーゼによる糖化反応を行うことに成功しました (Figure 3) 。このとき水がセルロースの貧溶媒であるため、再生セルロースが析出し、この再生セルロースをセルラーゼは加水分解します。再生セルロースは未処理の結晶性セルロースに比べ結晶領域が大幅に減少していることから、セルラーゼに対する親和性が上昇します。そのため水−イオン液体混合溶媒中においてイオン液体濃度を調整することで、水中で結晶性セルロースを糖化するよりも効率よくセルロースを分解することに成功しました (Figure 4) 。更にセルロースを溶解可能なイオン液体では、種類によらず同程度糖化反応が進行するといった知見も得られています。
 イオン液体は環境調和型の溶媒であり、優れたセルロース前処理能を有していることが明らかになりました。今後イオン液体を用いたセルロース糖化プロセスの構築に向け、研究を進めていきたいと思っています。
Figure 3  Enzymatic in situ saccharification process in aqueous-ionic liquid (IL) media.
Figure 4  Conversion of cellulose to (A) glucose and (B) cellobiose in different reaction volume ratios of IL (1-ethyl-3-methylimidazolium diethylphosphate) to water.
White and gray bars show the conversion after 1 and24 h reaction, respectively.
N. Kamiya, Y. Matsushita, M. Hanaki, K. Nakashima, M Narita, M. Goto and H. Takahashi. "Enzymatic in situ Saccharification of Cellulose in Aqueous-Ionic Liquid Media" , Biotechnol. Lett. 30, 1037-1040 (2008).

中島一紀,神谷典穂,後藤雅宏,“新たな非水溶媒イオン液体中での酵素反応”,月刊バイオインダストリー,第25巻(7号),24-34 (2008)
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