〜酵素反応を駆動力とする液膜分離システム〜
はじめに
有機化合物の選択的分離は、生理活性を有する機能性化合物の製造において非常に重要な問題である。選択的分離技術の一つとして、分子認識化合物を用いた支持液膜が数多く研究されてきた。しかしながら、これまでの支持液膜は基本的に金属イオンの分離しか行えず、有機化合物の分離にはほとんど用いられなかった。そこで、我々は、酵素の基質特異性に着目し、酵素と支持液膜を組み合わせることで、有機化合物の選択的分離が可能になると考えた。本研究では酵素としてリパーゼやプロテアーゼを用い、これら酵素の触媒反応を駆動力とする有機酸およびアミノ酸の支持液膜透過に成功したので報告する。
支持液膜法とは?
物質認識能を有する抽出剤を有機溶媒に溶かし、これを高分子膜内に保持させることで、金属イオンやアミノ酸を分離する方法のことである。下図にこの支持液膜の簡単な概念図を示す。まず、M+は金属イオン、Xは抽出剤、そしてMXは金属イオンと抽出剤が結合して形成される錯体をそれぞれ示している。もう少し具体的に説明すると、供給相中にある金属イオンが、支持液膜中の抽出剤と結合することで錯体を形成した後、この錯体が金属イオンを離すことで目的の金属イオンが支持液膜を透過するというメカニズムである。
本研究の目的
酵素は、高い基質特異性と高いエナンチオ選択性を有する。特に、リパーゼやプロテアーゼは、基質特異的・エナンチオ選択的反応における有用な生体触媒として数多くの研究が成されている。そこで、我々は、これらの酵素と支持液膜を組み合わせ、有機酸およびアミノ酸における高い選択性と迅速な物質輸送を目的とする。
本研究の概念
本研究の概念は、酵素反応を利用し、支持液膜を介した有機酸(リパーゼを用いた場合)の輸送を促進することである(図1)。RCOOH、
R’OH、 RCOOR’ は、輸送される有機酸、アルコール、生成したエステルをそれぞれ示している。E1
(Lipase from Candida rugosa:以下CRL) は、供給相中で有機酸のエステル化を触媒する酵素であり、E2
(Lipase from Porcine pancreas: 以下PPL)は、回収相中でエステルの加水分解を触媒する酵素である。供給相側
(界面1)でエステル化した有機酸が支持液膜に溶解し、回収相側(界面2)でエステルが加水分解され、有機酸が回収相側に溶け込む。結果的に、有機酸が支持液膜を透過したことになる。
図1 リパーゼ触媒反応を駆動力とする有機酸の支持液膜透過
結果
液膜は有機溶媒で構成されるので、液膜中に閉じこめる酵素は界面活性剤で複合化し、液膜に溶けやすい状態にした。この酵素支持液膜法においてリパーゼを用いたころ、リパーゼが基質として認識する有機酸がより選択的に膜を透過することが明らかになった。この原理を、不斉炭素を有する有機酸(イブプロフェン)に応用したところ、S体イブプロフェンのみが選択的に膜を透過し、光学分割が可能であることが判明した。またリパーゼの代わりにプロテアーゼを液膜に組み込むことで、プロテアーゼが基質として認識するアミノ酸のエナンチオ選択的膜透過に成功した。つまり、支持液膜と酵素を組み合わせることにより、酵素の分子認識能に基づく物質の液膜分離が可能になった。(つづく)
研究成果