【緒言】
 ポストゲノムサイエンスの一環として遺伝子多型解析が精力的に展開されている。遺伝子多型は「種」および「固体(個人)」の特徴を分子レベルで決定する重要な遺伝情報である。中でも、一塩基多型 (Single Nucleotide Polymorphism; SNP)は最も多様性に富む遺伝子多型である。近時、SNPs の発掘・同定を通じて種々の疾病関連遺伝子や薬物代謝関連遺伝子などの生理機構が解明され、臨床医療・予防医学の分野に大きな貢献をもたらしている。すなわち、SNPs解析は個人の特徴に応答した医療(テーラーメイド医療)の実現を可能とする最も戦略的な診断として期待されている。現在、遺伝子解析(診断)は高価な分析機器類や高度な分析技術を要するなど、解決されるべき問題点が多い。そこで当研究室では、血液から抽出した実サンプルDNAからの簡易遺伝子解析を可能とする一塩基多型解析技術の開発に取り組んでいる。

【希少サンプルの迅速増幅】
 遺伝子解析で最も重要なポイントの一つは遺伝子サンプル調製である。今日ではPCR法を通じて、「高品質」の目的遺伝子を増幅することが可能である。しかしながら、通常のPCR法においては pg オーダーの遺伝子サンプルしか獲得することが出来ない。我々は、「サンプル量」の問題を解決するために in vitro 転写反応に着目した。In vitro 転写反応においては、PCR産物を鋳型として、その100〜1,000倍量に相当するRNAサンプルを調製することが出来る。しかも、RNAサンプルが一本鎖サンプルとして産生されることは遺伝子解析を行う上で非常に好都合である。

【酵素反応と遺伝子解析】
 リボヌクレアーゼA(RNase A)など一本鎖RNAに特異的なエンドヌクレアーゼはDNA:RNAまたはRNA:RNAハイブリッド中のミスマッチ塩基部位を切断することが知られている。In vitro 転写反応を用いれば、ng〜mgオーダーの目的遺伝子を容易に獲得することができ、比較的大量のサンプルを用いたアッセイが可能となる。我々は、蛍光分子をオリゴDNAに結合した蛍光標識プローブを用いたリボヌクレアーゼプロテクション法の開発に成功した (Fluorogenic Ribonuclease Protection Assay; FRAP法)。FRAP法はDNAプローブとRNAサンプルの間に生じたミスマッチ塩基部位をRNaseにより切断し、これを蛍光分光学的に検出することを基本原理としている。電気泳動を必用としない点、プローブ設計が容易な点、短時間解析が可能な点、簡略装置で解析出来る点においても従来法の問題を克復している。また、実サンプルの解析を1-mLキュベットセル中で行える点は実用化へ向けて大きな利点となる。以下に、具体例を示して解説する。

【グアニン蛍光消光を利用した遺伝子変異検出】
 種々の蛍光分子はグアニン塩基に近接することで光励起電子移動反応を起こす。結果として、蛍光強度はグアニン塩基により著しい減衰を受ける。そこで我々は、グアニン蛍光消光現象を指標としたB型肝炎ウイルスの遺伝子変異(G→A, C, T) の検出を試みた (図-1)。解析対象部位(G)と5'末端塩基でハイブリッドするプローブを作製し、その末端塩基を各種蛍光分子でラベルした。RNAサンプルとのハイブリダイゼーション前後における蛍光強度を追跡したところ、野性型(G)と変異型(A, C, T)の遺伝子で蛍光消光率に有意な差が確認された。さらに、当該ハイブリッドをリボヌクレアーゼにより処理することで遺伝子型を明瞭に判別することが可能であった (図-1)。すなわち、リボヌクレアーゼを用いて非特異的な塩基-蛍光分子間の相互作用を解消し、シグナル/ノイズ比の向上に成功した。

【FRET現象を利用した遺伝子変異検出】
 蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)現象はドナー蛍光分子とアクセプター分子が近接する時、ドナー分子が発した光エネルギーをアクセプター分子が吸収する現象である。そこで我々は、このFRET現象を利用して5'末端をドナー蛍光分子でラベルしたプローブと3'末端をアクセプター分子(非蛍光性色素)でラベルしたプローブを用いて簡便な変異検出を可能とした。図-3に示すようにハイブリッド中にミスマッチが存在しない場合はRNA:DNAハイブリッドはRNase に耐性を示すため、蛍光は観察されない。一方、これにミスマッチが存在すればRNA鎖は切断され、FRETの解消に伴う蛍光が観察される。FRAP法においては各々にラベルされた2種のプローブを用いるためプローブ設計が非常に容易な点で特徴的である。さらに、蛍光検出は簡易な卓上紫外線照射装置を用いて目視観察(イメージング)することも可能である (図-4)。

【まとめ】
 今日では多岐にわたる分野で遺伝子診断の必要性が示され、より迅速・簡便な遺伝子解析法が求められるようになった。そのため簡易機器・簡略技術で実施可能な遺伝子検査技術の開発が肝要である。我々が提案する一塩基多型解析法は、遺汎用的な分析機器のみで分析可能な簡便な遺伝子変異検出技術である。現在までにB型肝炎ウイルスの遺伝子型同定へ向けた一連のプロトコールの簡略化は完了しており、実際の臨床現場での有用性も示されてきた。今後は上記解析法にさらなる改良を加え、医療分野・アグリバイオ分野の発展に貢献していきたい。

参考論文

  1. H Ichinose, M Kitaoka, N Okamura, T Maruyama, N Kamiya, M Goto, Detection of single-base mutations by fluorogenic ribonuclease protection (FRAP) assay. Anal Chem 77, 7047-7053.
  2. T. Maruyama, T. Shinohara, H. Ichinose, M. Kitaoka, N Okamura, N. Kamiya, M. Goto, Mutation detection in DNA oligonucleotides based on a guanine quenching method coupled with enzymatic digestion of single-stranded DNA. Biotechnol. Lett. 27, 1349-1354 (2005).


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*本研究は主にJST百道プラザで行われたものである。
蛍光測定による遺伝子の一塩基多型解析